東京高等裁判所 平成7年(行ケ)199号 判決 1998年9月10日
静岡県引佐郡細江町気賀3329番地
原告
白柳伊佐雄
静岡県浜松市吉野東町275番地
原告
有限会社大和製作所
代表者代表取締役
匂坂英男
大阪府松原市丹南1丁目343番1号
被告
富田工業株式会社
代表者代表取締役
富田充
訴訟代理人弁護士
中島敏
同弁理士
井沢洵
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 特許庁が平成5年審判第21515号事件について平成7年7月14日にした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告らは、発明の名称を「折畳みふとん干し具」とする発明についての特許権者である(出願人は、昭和51年5月14日に実用新案登録出願(昭和51年実用新案登録願第62161号)をし、昭和54年3月2日に特許出願(昭和54年特許願第24735号)に変更するとともに、その一部を新たな特許出願(昭和54年特許願第24736号)とし、昭和55年9月25日、昭和56年2月6日及び昭和59年10月3日にそれぞれ手続補正をし、昭和60年2月9日の出願公告(特公昭60-5320号)を経て、昭和60年10月31日に特許第1287636号として設定登録を受けたものである。以下「本件特許」といい、その発明を「本件発明」という。)ところ、被告は、平成5年11月15日、原告らを被請求人として本件特許の無効の審判を請求し、同年審判第21515号事件として審理された。原告らは、平成7年7月14日、「特許第1287636号発明の特許を無効とする。」との審決を受け、同年7月31日にその謄本の送達を受けた。
2 本件発明の特許請求の範囲
本件明細書中の特許請求の範囲請求項1の記載は、次のとおりである。
「少なくとも2本の管材を上連結金具と下連結金具とにより上下において互いに連結して主柱を構成し、上連結金具の上面及び下連結金具の下面に比較的短小の上下一対の心金を突設するものにおいて、前記心金を前記少なくとも2本の管材と同軸上に配された上下一対の主心金と、それらの間に付加的に設けられた少なくとも上下一対の補助心金とで構成し、この主心金と補助心金とに開口部を有する略四辺形の管材製枠体の開口部を嵌め込んで回動自在に係合させてなる折畳みふとん干し具。」
3 審決の理由
審決の理由は、別添審決書の理由の写し記載のとおりであり、本件無効審判は別件無効審判(昭和61年審判第13973号)と同一事実及び同一の証拠に基づいてされたものということはできないから、特許法167条に違反しておらず、また、本件発明は、その出願前に日本国内であるタイヨー産業株式会社(以下「タイヨー産業」という。)の工場において公然実施されたT-4型ふとん干し具であり、本件特許は、特許法29条1項2号に該当するから、同法123条1項1号の規定により無効であるとした。
4 審決の取消事由
(1) 審決の理由【1】(手続の経緯及び本件特許発明の要旨)、【2】(当事者の主張)は認める。
同【3】(当審の判断)のうち、本件無効審判が別件無効審判と同一事実及び同一の証拠に基づいてされたものということはできないから特許法167条に違反していないとした判断は認め、本件発明が、その出願前に日本国内であるタイヨー産業の工場において公然実施されたT-4型ふとん干し具であり、本件特許は、特許法29条1項2号に該当するとした判断は争う。ただし、本件発明と審決にいうT-4型ふとん干し具がその構成において実質的に相違しないことは認める。
(2) 審決は、以下のとおり、T-4型ふとん干し具が本件発明の出願前に公然実施された事実もその証明もないのに、これが出願前に公然実施されたと誤認し、その結果、本件発明は、当業者が容易に発明することができたものと判断したものであって、違法であるから、取消しを免れない。
(3) T-4型ふとん干し具が本件発明の出願前に公然実施された事実はない。
訴外岩本康男(以下「岩本」という。)は、当初から本件発明の構成要件を具備したふとん干し具を製作していたわけではなく、原告の当初の出願(昭和51年実用新案登録願第62161号)の後にされた設計変更によって本件発明の構成要件を具備するに至ったものである。
昭和54年3月29日発行のディノス誌(甲第3号証)には、タイヨー産業製造の中抜きしていない枠体のT-4型ふとん干し具(従来製品)が掲載されている。中抜きしている枠体のふとん干し具(本件特許製品)は、中抜きしていない枠体のT-4型ふとん干し具に比べて軽量、かつ、省資材の改良品であって、昭和54年3月29日の時点では、タイヨー産業は、中抜きしているT-4型ふとん干し具を販売していなかったはずである。
また、審決がT-4型ふとん干し具を公然実施していたと認定する静岡市西島1066番地及び同市中島町2842番地の1には、実施を可能にするような工場はなく、公然実施できたか疑わしい。
(4) T-4型ふとん干し具が本件発明の出願前に公然実施されたという証明はない。
(イ) 岩本は、T-4型ふとん干し具の製造に不可欠な図面の存在について曖昧な証言に終始しており、かつ、図面の提出を拒んでいたから、岩本の証言は、信用することができない。
(ロ) タイヨー産業のふとん干し新製品発売御案内(甲第15号証)は、同社が工場を移転してわずか6日後である昭和51年4月21日付のもので、得意先への最重要事項である会社の住所変更に触れておらず、不自然であり、後日作成されたものと推測される。
(ハ) ふとん干しカタログ(甲第17号証)についても、カタログ全体が多色刷りであるのに、N-3型、T-4型ふとん干し具は単色刷りとなっているなど不自然なところが多く、後日作成されたものと推測される。
第3 請求の原因に対する認否及び被告の反論
1 請求の原因1ないし3は認める。
2 審決の認定判断は、すべて正当であり、原告主張の審決取消事由は、いずれも理由がない。
3 被告の反論
(1) 岩本を代表者とするタイヨー産業は、昭和51年3月ないし4月以降、審決にいうT-4型ふとん干し具を公然実施していたものである。
原告らが主張する中抜きしていない枠体のふとん干し具は、通販会社の注文に基づいて、中抜きしている枠体のT-4型ふとん干し具とは別個の構想に基づいて製造販売されたものであり、中抜きしていない枠体のふとん干し具の存在をもって、中抜きしている枠体のT-4型ふとん干し具が実施されていたことを否定する根拠にはなりえない。
タイヨー産業は、昭和50年8月29日に設立して以来、昭和51年4月14日まで静岡市西島1066番地に本店兼工場を置き、昭和51年4月15日から昭和58年1月30日まで静岡市中島2842番地の1に本店兼工場を置き、昭和58年1月31日に静岡市中島769番地の1に移転したのであり、このことは証拠上明白である。
(2) 審決にいうT-4型ふとん干し具が本件発明の出願前に公然実施されたという証明がない旨の原告らの主張は争う。
第4 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
第1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本件発明の特許請求の範囲)、同3(審決の理由)の各事実は、当事者間に争いがない。
第2 原告ら主張の取消事由について判断する。
1 証拠(各項目ごとに括弧内に摘示する。)によれば、次の事実を認めることができる。
(1) 岩本は、後記認定のとおり、昭和50年8月29日にタイヨー産業を設立するまで、岩本の親族が経営する岩本プレス工業株式会社に勤務していたものであるが、昭和46年12月18日、2個の連結金具と3個の略四辺形の枠体で構成されるふとん干し器の意匠登録出願をし、昭和47年12月27日に設定登録(意匠登録360639号)を受けた。その具体的構成は、3本の長いパイプを上連結金具と下連結器具とにより上下2個所において互いに連結して主柱部分を構成し、上側連結金具の上面及び下側連結金具の下面に比較的短小のパイプ端部を突設し、このパイプ端部と短パイプとに開口部を有する略四辺形の枠になるように開口部を嵌め込んで回動自在に係合させてなるものであった(別紙図面(1)参照)。岩本は、昭和47年4月14日、上記ふとん干し器の略四辺形の枠体の形状を若干変えたものを、上記登録意匠の類似意匠として意匠登録出願をし、昭和49年4月8日設定登録(意匠登録360639号の類似1)を受けた(別紙図面(2))。(甲第2号証、乙第11号証、乙第13号証、乙第14号証の2、3、証人岩本康男の証言)
(2) 岩本プレス工業株式会社は、昭和47年頃から、上記意匠登録360639号の類似1の実施品であるふとん干し器の製造販売を開始した。(甲第2号証、乙第13号証)
(3) その後、岩本は、岩本プレス工業株式会社から独立して、昭和50年8月29日、タイヨー産業を設立するとともに、同社の代表取締役に就任し、静岡市西島1066番地に本店兼工場を置いて、意匠登録360639号の類似1の実施品であるふとん干し器(T-3型ふとん干し具)の製造販売の事業を開始した。(乙第1号証の1、乙第3号証の1、2、乙第13号証、乙第15号証、証人岩本康男の証言)
(4) 岩本は、昭和50年12月6日、上記ふとん干し具と基本的な構造は変わらず、枠体の数を3個から4個に増やしたふとん干し具を、前記登録360639号の類似意匠として意匠登録出願した(別紙図面(3)参照)。なお、岩本は、昭和53年3月7日、特許庁から、上記出願の意匠は昭和49年8月19日出願の意願昭49-28704号の意匠と類似であるとの理由で、拒絶理由通知を受けた。(乙第8号証の1、2、甲第19号証)
(5) タイヨー産業は、同年4月21日付で、T-4型と称する、枠体の数を4個に増やしたふとん干し具を新製品として宣伝する「ふとん干し新製品発売案内」と題する書面を顧客に送付し、同年5月10日にも、同様の書面を顧客に送付した。上記書面のいずれにも、T-4型のふとん干し具について、「上・下パイプ:鋼管メラミン塗装仕上げ、タテパイプ:塩ビ被膜鋼管」と記載していた。(乙第10号証の1、2、証人岩本康男の証言)
(6) T-4型ふとん干し具の具体的構成は、2本の長いパイプを上連結金具と下連結器具とにより上下2個所において互いに連結して主柱部分を構成し、上側連結金具の上面及び下側連結金具の下面に比較的短小のパイプ端部を突設し、そのパイプ端部の間に2組の上下一対の短パイプを付加的に設け、このパイプ端部と短パイプとに開口部を有する略四辺形の枠になるように開口部を嵌め込んで回動自在に係合させてなるものであった(別紙図面(3)参照)。(乙第8号証の1、2、乙第10号証の1、2)
(7) タイヨー産業は、設立の際、野村喜代司から、静岡市西島1066番地、1067番地1に所在する鉄骨造スレート葺平家建倉庫1棟(床面積55坪)を借り受け、昭和50年8月29日付で不動産賃貸契約書を取り交わした。その後、タイヨー産業は、事務所を移転することにし、不動産業者の仲介で、興津順二から、静岡市中島2842番地の1所在の平家建工場1棟を借り受け、昭和51年3月8日付で不動産賃貸契約書を取り交わし、同年4月15日に新しい工場に移転した。(乙第2号証、乙第3号証の1、2、乙第5号証の1、2)
(8) タイヨー産業は、設立の当初から、取引先が自由に出入りできる工場兼事務所において、下請業者から納品されてきた製品を検査したり、梱包したりしており、T-4型ふとん干し具は、工場に出入りする外部の者の目に触れる状態にあった。(甲第2号証、証人岩本康男の証言)
以上の諸事実が認められ、上記認定を左右するに足りる証拠はない。
2 上記認定の事実、特に、岩本の勤務する岩本プレス工業株式会社において、昭和47年から、T-4型ふとん干し具とほぼ同様の形状で枠体の個数が異なるのみのふとん干し具を製造販売し、引き続き、昭和50年8月の設立以来、タイヨー産業が、同様の製品(T-3型ふとん干し具)を製造販売していたこと、タイヨー産業の代表者である岩本は、遅くとも昭和50年12月6日の段階で、T-3型ふとん干し具の後続製品としてT-4型ふとん干し具を製造販売する構想を有していたこと、昭和51年4月21日付で、T-4型ふとん干し具を新製品として宣伝する「ふとん干し新製品発売案内」と題する書面を顧客に送付していることなどの事実を総合すると、タイヨー産業は、昭和51年4月21日までに、その工場において、前記認定の構造を有するT-4型ふとん干し具を製造し、その発明を公然実施していたものと認めるのが相当である。
3 原告らは、岩本は、当初から本件発明の構成要件を具備したふとん干し具を製作していたわけではなく、原告の当初の出願(昭和51年実用新案登録願62161号)の後にされた設計変更によって本件発明の構成要件を具備するに至ったものであって、T-4型ふとん干し具が本件発明の出願前に公然実施された事実はない旨主張する。
確かに、甲第3号証によれば、昭和54年3月29日発行の「ディノス」誌に掲載された折畳み式ふとん干し具が、上記T-4型ふとん干し具と、枠体がパイプ、すなわち、管材で構成されていない点で相違していることが認められる。
しかし、証拠(甲第21号証、甲第22号証、証人岩本康男の証言)及び弁論の全趣旨によれば、タイヨー産業は、ふとん干し具を仕入れて販売している卸売業者の要望で、一時的に、上記のようなふとん干し具を製造販売したに過ぎないこと、昭和55年以降は、「ディノス」誌に掲載されたタイヨー産業のふとん干し具は、いずれも枠体がパイプ製の本来のT-4型ふとん干し具であったことが認められる。
また、原告らは、審決がT-4型ふとん干し具を公然実施していたと認定する静岡市西島1066番地及び同市中島町2842番地の1には、実施を可能にするような工場はなく、公然実施できたか疑わしい旨主張するが、原告らの右主張を裏付けるような的確な証拠はなく、かえって、前記認定によれば、タイヨー産業が、上記工場で公然実施していたことは明らかというべきである。
他にT-4型ふとん干し具が本件発明の出願前に公然実施されたとの前記認定を左右するに足りる証拠は見当たらない。
したがって、上記原告らの主張は理由がない。
4 さらに、原告らは、証人岩本の証言、甲第15号証(乙第14号証の7)、甲第17号証の信用性について論難し、T-4型ふとん干し具が本件発明の出願前に公然実施されたという証明はない旨主張するので考察する。
原告らは、岩本が、T-4型ふとん干し具の製造に不可欠な図面の存在について曖昧な証言に終始しており、かつ、図面の提出を拒んでいたから、その証言は信用することができない旨主張するが、被告は、少なくとも連結器具の修正用の図面である乙第6号証(タイヨー産業作成。作成日付昭和51年3月27日)を提出しているうえ、岩本は、その証言において、当初の図面が見つからなかった、T-4型ふとん干し具はT-3型ふとん干し具の連結金具を修正しただけなので、連結器具の修正用の図面のみが残っていたと思われる旨供述しているのであって、曖昧な証言に終始しているとか、図面の提出を拒んでいたということは窺えず、他にその証言の信用性を疑わしめるような事情は見当たらない。
また、原告らは、甲第15号証(乙第14号証の7。タイヨー産業のふとん干し新製品発売案内)は、同社が工場を移転してわずか6日後である昭和51年4月21日付のもので、得意先への最重要事項である会社の住所変更に触れておらず、不自然であり、後日作成されたものと推測されるとし、また、甲第17号証(ふとん干しカタログ)についても、カタログ全体が多色刷りであるのに、N-3型、T-4型ふとん干し具は単色刷りとなっているなど不自然なところが多く、後日作成されたものと推測される旨主張するが、いずれも証拠に基づかない主張であって、原告らの憶測に過ぎないものといわざるをえない。
5 そうすると、前記のとおり、本件発明とT-4型ふとん干し具がその構成において実質的に相違しないことは当事者間に争いがないから、本件発明は、その出願前に日本国内であるタイヨー産業の工場において公然実施されたT-4型ふとん干し具の発明と同一であり、本件特許は、特許法29条1項2号に該当するとした審決の認定判断に違法はない。
第4 よって、審決には原告ら主張の違法はなく、その取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、65条を適用して、主文のとおり判決する。(口頭弁論終結日 平成10年8月27日)
(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)
理由
【1】手続の経緯及び本件特許発明の要旨
本件特許第1287636号(以下、「本件特許」という。)は、昭和54年3月2日(そ及出願日、昭和51年5月14日)に特許出願(特願昭54-24736号)され、昭和60年2月9日に出願公告(特公昭60-5320号)された後、昭和60年10月31日に設定の登録がなされたものである。
本件特許発明の要旨は、願書に添付された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲1に記載された次のとおりのものと認める。
「少なくとも2本の管材を上連結金具と下連結金具とにより上下において互いに連結して主柱を構成し、上連結金具の上面及び下連結金具の下面に比較的短小の上下一対の心金を突設するものにおいて、前記心金を前記少なくとも2本の管材と同軸上に配された上下一対の主心金と、それらの間に付加的に設けられた少なくとも上下一対の補助心金とで構成し、この主心金と補助心金とに開口部を有する略四辺形の管材製枠体の開口部を嵌め込んで回動自在に係合させてなる折畳みふとん干し具。」
【2】当事者の主張
1 請求人の主張
請求人は、「本件特許発明の特許を無効とする。審判費用は、被請求人の負担とする。」との審決を求め、その無効理由の要点は以下のとおりである。
本件特許発明は、甲第1号証のカタログに掲載された「T-4型ふとん干し具」と同一の構成であり、この「T-4型ふとん干し具」は本件特許発明に係る特許出願前から公然実施をされていたものである。
したがって、本件特許発明は、その出願前に日本国内において公然実施をされた発明であって、特許法第29条第1項第2号の規定に該当するから、本件特許発明の特許を特許法第123条第1項第1号の規定により、無効とすべきである。
証拠方法
甲第1号証 タイヨー産業株式会社の「ふとん干し具」のカタログ
甲第2号証 タイヨー産業株式会社の「ふとん干し新製品発売御案内」の案内状
甲第3号証 意匠に係る物品を「ふとん干し器」とする岩本康男の類似意匠登録出願の願書及び願書に添付した図面の写し
甲第4号証 岩本康男の「報告書」
甲第5号証 意匠登録第360639号意匠公報
甲第6号証 タイヨー産業株式会社「ふとん干しT-3型組立順序」の書面
甲第7号証 岩本康男の「陳述書」
甲第8号証 タイヨー産業株式会社「昭和51年・仕入帳」
証人 岩本康男(住所 静岡市中島769番の1、職業 タイヨー産業株式会社代表取締役)
2 被請求人の主張
被請求人は、「本件審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」との審決を求め、請求人の主張に対する答弁の理由の要点は以下のとおりである。
(1) 答弁の理由1(一事不再理について)
本件特許につき、昭和61年6月30日に無効審判(昭和61年審判第13973号;以下、「旧無効審判」という。)の請求がなされ、その審決(不成立)が確定している(乙第1ないし第2号証参照)。同審決により、特許法第167条に基づき、同一事実、同一証拠に基づく無効審判をなすことが許されない旨の効力が既に発生しているにもかかわらず、請求人(注 本件無効審判請求人)は、旧無効審判において同審判請求人(注 旧無効審判請求人、タイヨー産業株式会社)が主張した事実と実質的に同一の事実を主張し、また、全く同一の証拠(甲第1ないし第3号証)を提出し、さらに、証人岩本康男(注 タイヨー産業株式会社 代表者)、甲第4ないし甲第8号証を追加して、本件無効審判を請求した。
確かに、旧無効審判の主張は、特許法第29条1項3号に基づくものであり、本件無効審判は、同項2号に基づくものであるという差異はあるものの、その主張されている事実は、結局のところ、甲1号証のカタログに掲載された「T-4型ふとん干し具」が本件特許出願以前に公知となっており、この公知であるとする「T-4型ふとん干し具」と本件特許出願に係る発明とが同一であるという点では両者の争点は全く同一である。
よって、本件無効審判は、特許法第167条(審決の効力、いわゆる一時不再理)に違反して請求された不適法なものであり、却下されるべきである。
(2) 答弁の理由2(無効理由に対して)
請求人は、甲第1号証のカタログに掲載された「T-4型ふとん干し具」が本件特許出願以前に公然実施されて公知となっており、この公知であるとする「T-4型ふとん干し具」と本件特許出願に係る発明とが同一である旨主張するが、請求人提出の証拠方法によっては、上記主張事実を認定することは不可能である。
すなわち、請求人は、「T-4型ふとん干し具」の構造について、上記陳述要領書(注 平成6年9月30日付け口頭審理陳述要領書)5 Ⅲ(1)ないし(5)に記載しているが、右の構造、とくに連結金具と枠体との関連構造については、これを証明するに足りる証拠はない。甲第1号証が、右の点を明らかにするものでないことは、旧無効審判の審決で認定されているとおりであり、また、本件無効審判において初めて提出された甲第4号証の陳述書も、その作成者が旧無効審判の請求人であり、本件無効審判請求事件の帰趨に本件無効審判の請求人と同様の強い利害関係をもっているもので容易にその陳述内容を信用できないこと、同陳述書は、旧無効審判の審決の確定(昭和63年7月29日)後5年余を経過した平成5年12月22日に至って作成されたもので、証明しようとする事実のあった昭和51年4月当時からは、17年余を経過しているにも係わらず不自然に詳細な陳述をなしていること、同人は、昭和46年ころから極めてた多数の布団干器等の実用新案出願をしているものであって(乙第3号証)、実用新案出願手続を熟知しており、また、旧無効審判では弁護士を代理人としていたのであるから、甲第4号証記載の事実や、同証拠添付資料二ないし四のような資料が当初からあったとすれば、本件無効審判における公然実施の主張をしなかったはずがなく、はるか後に、このような新証拠をこれまで保存していたが使用はしなかったといって提出するのは、不自然というほかはないこと、却って、当時、これを主張しなかったのは、そのような事実も資料も存在していなかったからであると考えるのが自然であること、以上のような点を考慮すれば、同陳述書に到底証拠価値は認められない。このことは、被請求人有限会社大和製作所代表者匂坂英男作成の陳述書(乙第4号証)の記載に照らしてみると、一層明瞭である。
請求人は、その主張を立証するため、岩本康男証人の証人尋問を申請し、同証人尋問が行われ、請求人は甲第1号証ないし第8号証を提出したが、上記証人尋問及び各書証によっても、請求人の主張は全く立証され得ない。
証拠方法
乙第1号証 昭和61年審判第13973号無効審判請求事件の確定審決その他関係書類
乙第2号証 特許第1287636号登録原簿(写し)
乙第3号証 財団法人日本特許情報機構作成の検索回答書
乙第4号証 匂坂英男作成の平成6年11月8日付陳述書
乙第5号証 玉手茂夫の陳述書
乙第6号証 T-4型ふとん干し具の図面
乙第7号証 T-4型ふとん干し具の全体写真
乙第8号証 静岡市西島1066番地の家屋の登記簿謄本(コピー)
乙第9号証 静岡市西島1066番地に所在する倉庫の写真
【3】 当審の判断
1 一事不再理について
特許法第167条は、「何人も、第123条第1項の審判の確定審決の登録があったときは、同一の事実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求することができない」旨を規定している。
ここで、「同一の事実」とは、無効理由として主張する事実が同一であり、また、「同一の証拠」とは、その事実を証明しようとする証拠が同一性のある証拠であると解するのが相当である。
ところで、本件特許につき昭和61年6月30日に特許無効の審判の請求(請求人:タイヨー産業株式会社 代表者 岩本康男)がなされたが、この審判は、昭和61年審判第13973号(旧無効審判)として審理され、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(昭和63年4月14日)がなされた(昭和63年6月29日審決謄本送達)。
これに対し、審決取消訴訟が提起され、これが東京高等裁判所昭和63年(行ケ)156号として審理されたが、この訴訟が取り下げられた結果、この審決は、昭和63年7月29日に確定し、この確定審決の登録が平成1年9月28日になされた。
そこで、本件無効審判と旧無効審判についてみると、
本件無効審判の請求の理由の概要は、『本件特許は、本件特許発明が、その出願前に公然実施をされた発明であり、特許法第29条第1項第2号の規定に該当するから、無効とされるべきである。』というにあり、その「公然実施」を証明しようとする主たる証拠は、タイヨー産業株式会社の「T-4型ふとん干し具」を掲載したカタログ(甲第1号証)及び同社の「ふとん干し新製品発売御案内」の案内状(甲第2号証)並びに証人岩本康男であることが認められ、
旧無効審判の請求の理由の概要は、『本件特許は、本件特許発明が、その出願前に頒布されたカタログ(刊行物)に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号の規定に該当するから、無効とされるべきである』というにあり、その「刊行物公知」を証明しようとする主たる証拠は、タイヨー産業株式会社の「T-4型ふとん干し具」を掲載したカタログ(本件無効審判における、甲第1号証のカタログと同じもの)及び同社の「ふとん干し新製品発売御案内」と題する書面(同じく、甲第2号証の「ふとん干し新製品発売御案内」の案内状)であることが認められる(乙第1号証参照)。
そうすると、本件無効審判と旧無効審判とは、いわゆる新規性喪失が無効理由である点で共通しているが、事実についてみると、本件無効審判が特許法第29条第1項第2号に規定の「公然実施」を無効理由として請求されているのに対して、旧無効審判は特許法第29条第1項第3号に規定の「刊行物公知」を無効理由として請求されたものであるから、両者は、同一の事実を無効理由とした無効審判請求とはいえない。
また、証拠についてみると、本件無効審判と旧無効審判とは、タイヨー産業株式会社の「T-4型ふとん干し具」を掲載したカタログ及び同社の「ふとん干し新製品発売御案内」の案内状を書証(証拠)としている点では共通するが、本件無効審判は、これら書証のほかに人証(岩本康男)によって本件特許発明がその出願前に公然実施をされた発明であることを証明しようとするものであって、両者は、事実を証明しようとする証拠を異にするから、同一の証拠に基づく無効審判請求とはいえない。
なお、被請求人は、旧無効審判の主張は、特許法第29条1項3号に基づくものであり、本件無効審判は、同項2号に基づくものであるという差異はあるものの、その主張されている事実は、結局のところ、甲第1号証カタログに掲載された「T-4型ふとん干し具」が本件特許出願以前に公知なっており、この公知であるとする「T-4型ふとん干し具」と本件特許出願に係る発明とが同一であるという点では両者の争点は全く同一である旨、主張するが、旧無効審判は、本件特許発明がその出願前に頒布された刊行物(カタログ)に記載された発明であるか否かを争点としていたのに対して、本件無効審判は、本件特許発明がその出願前に公然実施をされた発明であるか否かを争点としているものであり、しかも、旧無効審判が無効理由として「公然実施」を何ら主張していなかったのであるから、両者の争点が同一であるとすることはできない。
以上説示したとおり、本件無効審判は、旧無効審判と同一の事実及び同一の証拠に基づいて請求された審判であるということはできないから、特許法第167条の規定に違反してなされた不適法なものであり、却下されるべきである、という被請求人の主張は採用できない。
2 無効理由について
(1) 請求人は、タイヨー産業株式会社が、昭和51年5月13日以前に甲第1号証(カタログ)に掲載の「T-4型ふとん干し具」を公然実施し、かつ、これが本件特許発明に係る「折り畳みふとん干し具」と同一の構成を有していた事実は、証人岩本康男により立証する旨主張したので、当審は、平成7年4月12日に同証人を尋問した。
その結果、同証人は以下内容の証言をした。
<1> タイヨー産業株式会社において、静岡市西島1066番地の旧工場で昭和51年3月頃カタログ(甲第1号証)に掲載の「T-4型ふとん干し具」の主柱部分を連結金具とパイプとで組立て、この主柱部分と4翼の枠になる上下パイプと縦パイプの箱詰めが行われ、また、昭和51年4月15日頃に移転した静岡市中島2842番地の1の新工場でも、同じく組立てと箱詰めが行われ、それぞれその完成品が見られるようになっていた。(証人調書陳述番号、2~5、17、72~75、186、195~199、236、285~289、320~332参照。)
<2> 静岡市西島1066番地の旧工場でも静岡市中島2842番地の新工場でも、「T-4型ふとん干し具」の箱詰め作業などをしていた工場内への出入りについては、特に制限がされていなかった。(同、75~76、191~195参照。)
<3> 甲第7号証の添付資料2の「ふとん干し」のカタログ(注 甲第1号証と同じもの)が甲第7号証の添付資料1のふとん干し新製品発売御案内(注 甲第2号証のものと同じもの)と一緒に昭和51年4月21日に得意先に送られていた。(同、81~84、97、230~232、278参照。)
<4> 昭和50年12月に類似意匠登録出願(注 甲第3号証、意願昭50-48288号)がなされ、この類似意匠出願の図面(注 この図面は、甲第4号証の添付資料1、甲第7号証に添付の第5図と同じもの。以下、「意匠図面」という。)に示されている「ふとん干し器」は、「並列の2本の長い縦パイプ21a、21bの上方と下方とがそれぞれ上下の連結金具24、24にビス(ボルト)で留められ、連結金具のパイプとパイプの間はボルトとナットで留められて主柱部分(21a、21b、24、24)が形成され、その長い縦パイプの両端31a、31bは、上下の連結金具24、24から上下方向に突出しており、その突出したパイプの両端31a、31bの間に位置して連結金具24、24に2つの短パイプ24a、24bが留められており、パイプ26、27、28の連結により形成された開口部を有する枠体(翼)が連結金具24、24の上下にそれぞれ4本ずつ突出しているパイプの端部31a、31b及び短パイプ24a、24bに緩合され、この4翼の枠体が開いたり、閉じたりして折り畳めるようになっているもの」である。(同、40~70、116~120参照。)
<5> 「T-4型ふとん干し具」は、意匠図面に記載のものとは、主柱部分が連結金具と長いパイプとがビス(ボルト)で止められていない点で違うだけで、他は同じ構造である。(同、614~70参照。)
<6> 「T-4型ふとん干し具」は、「T型(後にT-3型と変更)ふとん干し具」が3翼の枠からなるものであったものを4枚のふとんが干せるように4翼のものに改良したもので、「T-3型ふとん干し具」は、甲第6号証の「ふとん干しT-3型組立順序」の書面に示されているように主柱部分に枠となるパイプを連結して組み立てられたものであり、「T-4型ふとん干し具」も同じように組み立てられたものである。(同、32、39、121~128、154~155参照。)
<7> 「T-4型ふとん干し具」の主柱部分の連結金具は、静岡市の下請業者で製作したもの、また、パイプは、旧工場では岐阜の下請業者で製作したものが使用され、新工場では岐阜の下請業者で製作したものと新しく購入したパイプベンダーで製作したものの両方が使用されていた。(同、226~229参照。)
(2) まず(イ)「T-4型ふとん干し具」が本件特許発明に係る特許出願前に公然実施をされていたか否かについて、次いで(ロ)「T-4型ふとん干し具」の構成について、甲号各証を参照して検討する。
証人岩本康夫の証言により真性に作成されたものと認められる甲第4号証及び甲第7号証並びに同証人の証言内容(主として、上記摘示した証言)によれば、次の事実が認められる。
(イ) 昭和51年3月下旬頃は、タイヨー産業株式会社の「旧工場」(静岡市西島1066番地)において、また、昭和51年4月15日(あるいは1日か2日後)以降は、同社の「新工場」(静岡市中島2842番地の1)において、不特定の者に公然知られる状況又は公然知られるおそれのある状況のもとに、「T-4型ふとん干し具」の完成品の展示がされるとともに、「T-4型ふとん干し具」の中央主柱部分を上下連結金具と長いパイプとで組立て、この中央主柱部分と枠の上下パイプ、縦パイプとが箱詰めされる作業が行われていたことが認められるから、「T-4型ふとん干し具」は、少なくとも本件特許発明に係る特許出願(昭和51年5月14日)前に公然実施をされていた。
(ロ) 甲第1号証のカタログに掲載された「T-4型ふとん干し具」は、
「2本の長いパイプを上連結金具と下連結金具とにより上下において互いに連結して主柱部分を構成し、上連結金具の上面及び下連結金具の下面に比較的短小の上下一対のパイプ端部を突設するものにおいて、前記パイプ端部を前記2本のパイプと同軸上に配された上下一対のパイプ端部と、それらの間に付加的に設けられた上下一対の短パイプとで構成し、このパイプ端部と短パイプとに開口部を有する略四辺形の枠になるように開口部を嵌め込んで回動自在に係合させてなる折畳み式のふとん干し具。」
である。
そして、被請求人が提出した、乙第4号証の陳述書、第5号証の陳述書、さらに乙第6~第9号証を検討しても、上記(イ)及び(ロ)の認定を妨げるに足りる証拠はない。
なお、「T-4型ふとん干し具」が公然実施をされていた点の立証に関して付言すると、
「証人岩本康男は、本件特許についてなされた、旧無効審判(乙第1号証、昭和61年審判第13973号の特許無効審判)の請求人であるタイヨー産業株式会社の代表者であり、本件特許発明を無効とすることに積極的であり、しかも取引先が同社の工場に多数来たというのに他に証人がいないこと、
カタログ(甲第1号証)及び案内状(甲第2号証)が印刷された事実を立証する証拠として提出された甲第8号証(仕入帳)は、表紙、第2頁、第8頁だけで、その前後もなく、その原本も提示されていないこと、
外注していた「T-4型ふとん干し具」用の連結金具の設計図面もないということ、
案内状(甲第2号証)とともに送られたとする見積書はなく、また、同時に送られたというカタログ(甲第1号証)は、「T-4型ふとん干し具」の開発時に写したとする甲第4号証及び甲第7号証にそれぞれ添付のカラー写真があるにも拘らず、従来の「T-3型ふとん干し具」を主体としたものであること、
新製品の案内状(甲第2号証)を昭和51年4月21日に送ったということにしては、その案内状には昭和51年4月15日に新工場に移転した旨の付記などもないこと
等を考慮すると、多少疑点が残らないではないが、甲号各証及び証人の証言全体を勘案すれば、タイヨー産業株式会社において、本件特許発明に係る特許出願前に「T-4型ふとん干し具」が公然実施をされていたとみるのが妥当である。
(3) 本件特許発明と「T-4型ふとん干し具」(以下、「引用発明」という。)とを対比すると、引用発明の、2本の長いパイプ、主柱部分、比較的短小の上下一対のパイプ端部、付加的に設けられた上下一対の短パイプ、パイプ端部、開口部を有する略四辺形の枠は、それぞれ、本件特許発明の少なくとも2本の管材(引用発明では、2本の長いパイプ)、主柱(同、主柱部分)、比較的短小の上下一対の心金(同、比較的短小の上下一対のパイプ端部)、付加的に設けられた上下一対の補助心金(同、付加的に設けられた上下一対の短パイプ)、2本の管材と同軸上に配された上下一対の主心金(同、パイプ端部)、管材製枠体(同、開口部を有する略四辺形の枠)に相当するから、本件特許発明と引用発明とはその構成において実質的に相違するところはない。
したがって、本件特許発明は、引用発明と同一であり、そして、この引用発明である「T-4型ふとん干し具」は本件特許発明に係る特許出願前に公然実施をされていた事実が認められるから、本件特許発明は、その特許出願前に日本国内において公然実施をされた発明であり、特許法第29条第1項第2号に該当する。
【4】 むすび
以上のとおりであるから、本件特許発明の特許を特許法第123条第1項第1号の規定により無効とし、また、審判費用の負担について同法第169条第2項で準用する民事訴訟法第89条の規定を適用して、結論のとおり審決する。
別紙図面(1)
<省略>
別紙図面(2)
<省略>
別紙図面(3)
<省略>